入院による手術

出発当日は、12時半発の便で羽田空港から金浦空港へと向かいました。海外といっても飛行時間は2時間20分と短かったため、ほとんど国内旅行と同じ感覚でした。金浦空港に到着し、出国手続きを終えて出口を出ると、国際患者センターのキムさんが名前を書いた札を持って待ってくれており、空港内で両替をした後、車でウリドゥル病院(ソウル)まで移動しました。

病院に到着したのは午後4時を過ぎており、すぐに検査となりました。X線、MRI、CT、ミエログラム(脊髄造影)、血液検査など様々な検査を行い、しばらくしてから、執刀医である副院長のシム・チャンシク先生からの説明がありました。その内容は、かなり重症で骨化も認められ、放っておけば下肢の麻痺が進行するため早期の手術が必要であること、また手術自体は必ずしも安全といえるものではないといったものでした。また合併症についても一通り説明されましたが、ほとんどは一過性のもので、後遺症が残るような重篤な合併症はほとんどないとのことでした。手術方法および合併症の詳細については、事前に文書で知らされており、納得の上で手術の申込みを行っていたため、「すべて先生にお任せします。」ということを伝え、同意書にサインしました。

その日は睡眠も十分にとれ、比較的落ち着いた状態で手術日の朝を迎えましたが、問題が起こったのはその後でした。前日行った血液検査の結果で、AST(GOT)、ALT(GPT)値が比較的高く、肝機能異常が認められたため、全身麻酔が可能かどうかを判断する必要が生じ、手術を行うかどうかを再検討することになりました。そのため、午前中の最初に行う予定だった手術は後回しになり、手術が成功するかどうかの心配が、いつの間にか手術が受けられるかどうかの心配に変わっていました。最終的には、手術可能との判断が下され、11時過ぎにその連絡が入ったため、とりあえずはほっとしたものの、今度は手術に対する心配をしながら、手術の順番が来るのを待つこととなりました。

午後になり、これから手術を行うという連絡が入り、手術室に向かうことになりました。移動ベッドに乗り、手術室に向かっている途中で寝てしまったため、そこから先の記憶はありません。目が覚めたのは手術が終わった後でした。頭が朦朧とた状態で、すぐには状況が理解できませんでしたが、既に手術は終わり、成功したことを告げられ、ようやく状況を理解しました。腕を動かしたり手を開閉するよう指示されましたが、問題なく動かすことができ、手術が成功したことを実感しました。翌日、手術時間が8時間という大変な手術であったことを知りました。

手術後は、付き添いがいなかったため、とりあえず6人部屋に置かせてもらい、翌日の午前中まで看護師の方に面倒をみてもらいました。朝起きてからしばらくは、体全体がだるく、頸の痛みも強かったため、1人では何もできない状態でした。それでも時間の経過とともに徐々に症状も軽くなり、午前中には1人でなんとか歩けるようになり、トイレも1人でできるようになりました。
午前中にはX線写真を撮影し、執刀医のシム先生より説明を受けました。最初に写真を見たときには、かなり衝撃的でしたが、これだけの難しい手術を合併症もなく行ってくれた、その技術の高さには感嘆せざるを得ませんでした。

【術前CT写真:手術前日】 【術後X線写真:手術翌日】
【術前CT写真:手術前日】 【術後X線写真:手術翌日】
C6-7のCT写真。C5-6にもこれと同程度の病変、C4-5にこれより軽度の病変がありました。
ACDFの術後X線写真。3カ所に人工骨を入れ、プレートで固定しています。

1人でも動けるようになったため、昼前には自分の病室に戻り、昼食も食べることができました。ただ、体調はあまりすぐれず、全身のむくみもあったため、寝ているのが一番楽でした。のどの腫れも強く、水や食事を飲み込むときには強い痛みがあり、痰の量も多く、声もひどいかすれ声でした。また手術後から頸椎カラーを着用していましたが、ベッドに寝るときと起き上がるときには、頸に強い痛みが走るため、電動ベッドを動かし痛みが少なくなるよう調節するのが大変でした。手術翌日だけは、1人で身の回りの全て行うというのはかなり厳しく、このときだけは付き添いがいた方が良かったという気持ちになりました。

【病室】
【病室】 【病室】
【病室】 【病室】
病室は個室で、テレビ、冷蔵庫、ロッカーが用意されています。ベッドは電動式で、頭側と足側が上下します。洗面所ではシャワーを浴びることができます。テレビはすべて韓国語の放送です。

術後2日目になると、徐々に症状も回復してきました。のどの腫れやむくみは残っていましたが、歩くことは普通にできるようになりました。頸の痛みも前日よりは軽くなり、声も正常に近い状態に戻ってきました。ただ腕を使って何かを持ったりすると、頸から背中にかけて灼熱感(熱く焼けるような感じ)が出るため、できるだけ腕に負担がかからないよう注意が必要でした。 椎間板ヘルニアの方も、頸、背中、腕にかけてみられた、しびれ、つっぱり、こり等の症状はほとんど消失し、麻痺していた指先の感覚も戻っていました。頭もスッキリした状態になり、手術前には重く感じられた足も非常に軽くなっていました。

食事は、唐辛子を使った料理が多く、この点は韓国らしさがでていました。最初はのどの腫れもあり辛いのが気になっていたのですが、のどの腫れが引いてくると、普通に食べられるようになりました。ただ韓国では箸が金属製で重いため、手術から1〜2日は持つだけでも結構つらく感じました。

【病院食】
術後2日目の食事。唐辛子を使う料理が多いのですが、慣れてくると平気になります。
洋食に変更することもできます。
病院食・朝
病院食・昼 病院食・夜

術後3日目には、のどの腫れやむくみもとれ、手術による症状はほとんどなくなりました。午前中に点滴とドレーン(術創からの出血を貯める器具)が取れ身軽になったため、午後からは病院内を散歩しました。30分ほど歩きましたが、足の疲れもほとんどなく、手術前よりも調子が良いくらいでした。体調が良くなったため、仕事ができるかもしれないと思い、ペンで原稿書きを始めたのですが、5分もしないうちに頸や背中に灼熱感がでてきたため、入院中の仕事はあきらめることにしました。

退院許可が下りたのは術後4日目でした。前日には症状もほとんどなくなり普通に動けていたため、十分退院できる状態にはありましたが、それでも術後4日目の退院というのは、予想以上に早いものでした。私が受けた手術ACDF(頸椎前方固定術)の入院期間は、説明書には3〜7日と記載されていましたが、手術部位が3箇所と多く、また日本での同様の手術では入院期間が7〜10日というのが一般的であったため、最低でも7日の入院は覚悟していました。そのため帰りの飛行機も術後9日目の便を予約していたほどでした。結局、同じような手術であっても、見えない部分での技術の差が、結果として入院期間に反映されるのだということを感じました。
ただ、退院許可は下りたものの、その日の飛行機の時間に間に合うかどうか微妙であったため、入院を1日延長し、翌日退院することにしました。飛行機の変更手続きは全て国際患者センターのキムさんが行ってくれました。

今回の手術では、韓国に1人で行くという形になったわけですが、病院の方が皆親切にしてくれたため、入院期間中は不安を感じることなく過ごすことができました。言葉についても、手術前に知っていたのは「アンニョンハセヨ(こんにちは)」のみで、入院中に覚えた言葉も「カムサハムニダ(ありがとう)」だけでしたが、会話が必要なときには、国際患者センターのキムさんが付いていてくれたため、ほとんど困ることはありませんでした。海外手術といっても実際に経験してみると、想像よりもはるかに簡単なものだということを実感しました。

【病室からの景色】
【病室からの景色】 【病室からの景色】